前回 まっさ、ぎっくり腰になる #1


死後硬直ってこんな感じだろうか?


目が覚めてからというもの、腰がカッチカチで微動だにしないのだ。


上体を起こすどころか、寝返りさえ打てない。


腕の力で身体の向きを変えようとすると、腰を凄まじい激痛が襲う。


これ…ゆうべより酷くなっていないか?


何時かしらないが、和室いっぱいに陽光が差し込んでいる。


見れば、北側の窓がカーテン全開だった。


ぎっくり腰をやってみればわかるが、寝る前にカーテンが閉まってるかどうか確認する余裕なんてないのだ。


就寝中はまだ動けたのか、掛け布団と毛布が畳の上にはねのけられている。



それに気づいた瞬間、ぶるっと肌寒さを感じて…


ハ、ハ、


あ…この感じは…やばい…




ハクション!



三途の川へ10秒間の旅。


激痛の奔流が去ってしばらくじっとしていると、母ちゃんが様子を見に上がって来た。


「調子はどうかい?」


「まったく動けない。痛くてかなわん」


「整骨院行かれ。知り合いはそれで一発で治ったから」


「だから動けないの。立てないの」


「その人は這ってでも行ったんよ! それで治ったんよ!」


「だから動けないんだって! 動かそうとしたら激痛が走るの!」


「整骨院行かんかったらいつまでたっても治らんよ!」


「身体に響くからワーワーワーワーがなりたてないでくれ!」


つかつか部屋から出ていく母ちゃん。つづいて、父親の部屋のドアが開く音がする。


「まさがぎっつり腰で動けないんだって!」


「あ、そう」


「早く整骨院でも連れて行って治さんと! 知り合いはそれで一発で治ったし! でもまさは行かんって言ってる!」


「そうはいってもワシがおぶっていくわけにもいかんし…」


つかつかと足音が戻ってくる。


いらだった声で「Y(おいらの弟)、今日仕事休みのはずだから、電話して連れて行ってもらおうか、整骨院!」


「だから動けないのよ。半身すら起こせないの。安静にして痛みがある程度収まってからじゃだめなの?」


「それじゃいつまでたっても治らんでしょ! ずっと寝とくつもりかい!? 知り合いはそれで一発で治ったんだから!」


「頼むからいい加減にしてくれ!」


足音荒く、母ちゃん立ち去る。


しばらくして階下から母ちゃんの大声が聞こえてくる。


「あ、Y? まさがぎっつり腰なったって!」


母ちゃんのちょっとした言いまつがいすら神経にさわってくる。


「そう! だから整骨院行けって言ってるのに、痛くて動けんから行かんってきかんのよ! 知り合いはそれで一発で治ったのに! Y、今日まさを整骨院まで連れて行ってくれる? ちょっとまた説得してみるから。うん、わかった。また電話する!」


母ちゃんが階段を上がってくる。


「これを腰の下に敷かれ」


痛みにたえながら腰を浮かすと、電気あんかが差し込まれる。


「Yに電話したよ! 連れてってくれるって!」


「はあ。もうわかったよ。どうせ断ってもきかないんだから」


善は急げとばかりに階下に降りる母ちゃん。


「あ、Yに電話する前に整骨院にも電話しなきゃ! あ、もしもし! 息子がぎっくり腰になったんですけど今からみてもらえますか!?」


なんだよ。ちゃんと言えるじゃん。


弟が来るまでのあいだ、ちょっと気になり、枕元に手を伸ばしてなんとかスマホを手にとる。


ググってみると、ぎっくり腰直後に腰を温めるのは絶対NGと判明。


組織が強い炎症を起こしているため、むしろ冷やすのが正解だという。


「…また、急性期に無理に動かすと炎症が拡大し、症状の悪化や回復の遅れを招く場合があります」


……。