初回 「知的」な美目元のネルさん(41) #1 長文だとか超スピードだとか
前回 「知的」な美目元のネルさん(41) #5 「世紀末通り」


「知的」な美目元のネルさん(41)
  • 7/12(水)マッチング(いいねはネルさんから)。
  • 顔写真:スタンプで下半分を隠したものが一枚。
  • 自己紹介:テンプレを下敷きにしつつも、自分の言葉を散りばめて、ほぼオリジナルな仕上がり。
  • 男性のタイプ:特に記載なし。
  • 休日の過ごし方:カフェでランチやお茶。
  • その他:バツイチ。大学院卒。少食だがラーメンに目がない。
  • 7/14(金)お茶デートに誘うとあっさりOK。
  • 7/16(日)はじめてのデート。大学の研究員と判明。別れ際にLINE接続。
  • デート以降、ペアーズはオフライン状態。

狭くて急な階段をのぼりきると、そこは「壁」だった。

ほんとに、掛け値なしの、ただの壁。

ただのほっそい壁。

窓ひとつついてやしない。

おいらの方向感覚があってれば、たぶん世紀末通りに面してるはずだ。

で、どんづまりの踊り場の左右には、同じ作りのドアが一枚ずつ。

スチール製の、のっぺりとした、飾り気もへったくれもないドアだ。

我々が階段の最後の角を曲がったとき、ちょうど右のドアが閉まるところだった。

たぶん、我々のちょっと前をのぼってた、スタッフらしき若い女が入っていったんだろう。

スラッとした長身、ショートカットの黒髪。後ろ姿しか見てないが、なんとなく美人のような気がする。

「右はスタッフルームみたいですね」ネルさんを振り返っておいらは言う。「となると左だ」

おいらはドアのノブを見た。ノブは照明を受けて鈍く光っている。おいらはその光り方が気に入らなかった。

そして想像してしまう。いろんな手によって、見えないバイキンが塗り重ねられていくのを。

誰が触ったか、わかったもんじゃない。

でも触らなきゃ、中に入れない。

仕方なくおいらは指先だけでノブをつかんだ。

ドアを開けると、思ってたとおりの細長い部屋が待っていた。

ニコニコ愛想のいい女性店員に、少し奥まった個室に通される。

「ネルさん、どうぞ奥の席へ」

ネルさんの背中がビクッとした。

すすめられる前から、テーブルの向こうに回ろうとしてたのだ。

「あ! ごめんなさい! うっかりしてました! ほんとにここ、いいんですか?」

「どうぞどうぞ」

我々は席につくとまず酒を注文した。ネルさんは梅酒のロック、おいらは角ハイボール。今日は飲み放題付きのコース料理にしてある。

「ネルさんは、お酒いける口ですか?」

「好きですけど量は飲めません。うちの家系はみんなお酒に弱いんです。まささんはいかがですか?」

「うちは母と弟が酒に弱くって。コップ半分も飲まないうちに耳まで真っ赤になります。父親は強くてかなり飲みます。僕は父親に似たみたいです」

「まささんも量たくさん飲まれるんですか?」

「たくさんは飲みません。というかふだんは一滴も飲みません。ただそこそこ酒に強いってだけです。お酒自体はお好きなんですか?」

「好きは好きなんですが、じつは私、ビールが飲めないんです」

「それはめずらしい」

「炭酸とアルコールの組み合わせがどうも苦手で。なので今日は梅酒を」

「なるほどね。梅酒美味しいですよね」

「まささんはビール、どうですか?」

「好きっちゃ好きですよ。ただ量はあまり飲みません。美味しいのは最初の一、二杯くらいのもんです。あとは苦いだけなんで」

「でも、最初のお酒にハイボール選ばれてましたね。ビールよりお好きなんですか?」

「あー、あれはね、ネルさんが梅酒を選んだんで、なんとなく僕も変化球投げてみたんですよ」

そう言っておいらはニカっと笑った。

「お気を使わせてすみません!」

つられてネルさんも笑う。

やがて酒がやってきた。

おいらはグラスをかかげる。

「それでは乾杯しましょうか」

ネルさんも、小ぶりなグラスを手に取る。

「まささん、今日はよろしくお願いします。乾杯!」

つづき 「知的」な美目元のネルさん(41) #7 「シラフ以上、泥酔未満」