初回 会社員ミホさん(36) #1 And you?

前回 会社員ミホさん(36) #2 行き詰まってデート

【会社員ミホさん(36)】
  • クリスマスイブにいいねくれてマッチング
  • 前にいいねもらったときは好みじゃないとスキップ
  • アウトドア好き
  • 自己紹介文はしっかりしてるが、返事はあっさり
  • 熱のないメッセージに痺れを切らしてデートに誘うとあっさりOK

スマートフォンのGoogle Mapをカーナビにして、店まであと少しの地点で「着きました😊」とペアーズの通知。

居酒屋の駐車場に入って「着きましたー」と送ると、後方のでかい車から女性が降りてきた。

こちらも降りようとすると、でかい車の並びの少し離れたところの車のドアが開き、別の女性が降りてきた。

二人はおたがいに駆け寄って「久しぶりー!」と抱擁。

おいらは駐車場を見渡すが、暗くて有人の車とそうでない車の見分けがつかず、仕方なく店の横のベンチに腰をおろす。

ほどなく、先刻のでかい車のあたりからドアが閉まる音がした。

足音が近づいてきて、女性の声が言った。

「こんばんは」

想像していたよりずっと低く、ハスキーな声。

「こんばんは。はじめまして」

声の主と店内に入り、女性スタッフに「予約した◯◯です」と告げると、一番奥の小上がりになった座敷に通される。掘りごたつである。

女性に上座に座ってもらう。

メニューをお互いが見やすいように開き、鶏の唐揚げ、イカの活き造り、ホルモンのもやし炒め、チャーハン、チャンジャおむすび、コーラを注文。

コーラが届き、マスクが外れる。

ミホさんの顔を拝見。写真より印象はいい。

好みではなかったが、交際するのには、とくに差し支えない感じ。

乾杯し、「お仕事お疲れさまでしたー」の流れから、ミホさんの仕事の大変さを聞き出し、「大変ですねー」と共感。おいらのデート・ルーティーンである。

保育士をしていて、隔週休2日制。体力の消耗が激しい仕事だが、やりがいはある。時間内に子供を迎えに来るなど協力的な親が多いが、中にはモンスターペアレントもいるとのこと。

話し終えると、おいらの仕事について訊いてきた。

その後、話題はアプリやら結婚観やら異性の好みやら(ゆずの北川悠仁のファンとのこと)音楽やらスラムダンクやら学生時代の部活やらおいらにいいねした理由やら(「いい人そうだなと思って」)多岐にわたった。

話題を振るのはおいらからだが、だいたいどの話題でも質問返しがきた。

どうやら文字のやりとりが苦手なだけだったようである。しゃべりは問題ない。

ラリーは切れ目なくつづき、沈黙が入り込む余地はほとんどなかった。

それでも「間が持てない」というプレッシャーのようなものが、おいらを苛み(さいなみ)つづけた。

切れ目のないラリーは、お互いの意識の力によって支えられていた。

会話が盛り上がり、自然とラリーがつづいているのではなかった。

話は合っているが、心は合っていない。

心の海は、我々のラリーもどこ吹く風。

海面は波ひとつなく、メイクしたてのシーツのようにつるつる。海底をあらわにする引き潮なんて起こる気配はまったくない。

お互い、交際相手としては違うなと感じつつも、悪い人ではないので礼儀正しく表面的に接している。

それだけ。

おいらは「飲み物は大丈夫ですか? お時間は大丈夫ですか?」と尋ねた。

「ではコーラのおかわりを。時間はもうちょっとなら大丈夫です」

しばらくしてまた、おいらは「飲み物は大丈夫ですか? お時間は大丈夫ですか?」と尋ねた。

「もう大丈夫です。では今日はこのへんにしておきますか」

店の滞在時間は75分。

会計6,500円で、おいらがもった。「そんな悪いです」と言いながら財布を出すそぶりを見せるミホさん。

駐車場で別れ、それぞれの車へ。

おいらのフィットは、ちょうどとなりのスペースにバックで駐めようとしている車に、20秒くらい発進をブロックされた。

ブロック解除後、うしろを振り返ると、ミホさんの車は消えていた。

帰宅したおいらは、事務員えなさんに明日のデートよろしくのメッセージを送った。