きょうね、職場でひとりきりになる時間があったのね。

みんな、なんかの仕事で出払ってたわけ。

あいにく、おいらも仕事を抱えてた。両手いっぱい、あふれんばかりの量。火事場のバケツリレー並みのサボれなさっていうか。

でもね、そういう時に限って現れるのね。招かざる客が。

「こんにちはー」って。

他部署の女性だったんだけども。ちなみに家のご近所さんでね。

あまりのタイミングの悪さ。

思わずバケツの水をぶっかけようかと思ったけど、バケツの水ってのは、その、比喩なわけでして。おいらの脳内にしか存在しないわけでして。

「あら、まっさくん、一人?」つって、嬉しそうに火事場をのぞきこむご近所さん。ちょうどよかったーみたいな顔。

用件は婦人科検診の申し込みだったんだけど、ぜったいに
そんだけじゃ済ませられない眼差しがそこにはある!

で、さっそく「お母さんに聞いたわよ、京都旅行の話」ってすんごい嬉しそうに言われて。

「あ、そうなんですね。もう別れましたけどね」

「あ! そうなの!?」、ちょっと前のめりになるご近所さん。「でも、まっさくんなら京都詳しいでしょ」

「いや、ぜんぜん。出歩かなかったので」

「でも通ってたじゃない。あの、なんてったかな、えーと、なんとか大学・・・」

「立命館大学」

「そうそう、その大学。どこらへんにあるの?」

「北の方です」

「へ~どんなとこ?」

「とくにこれといって。田舎なので」

「でもやっぱり、まっさくんが京都案内してあげたんでしょ。住んでたんだから、そこはやっぱり詳しいはず」

「いやいや、引きこもってたんで」

「でも観光地とかよく知ってるでしょ?」

「観光地には興味なくって、学生時代ぜんぜん行かなかったので」

「そうなの? でも彼女よりは詳しいでしょ?」

「いやいや、それが・・・」

みたいな問答してたら、事務の先輩がまさかのご帰還。え? このタイミング?って。

「カンカンカン」って鳴りだした。おいらの耳にしか聞こえない警鐘が。

気が気じゃないなか、さらにひとしきり「京都詳しいでしょ?」「いやいや・・・」がつづいたあと、ようやく、
ご近所さんは荷物をまとめだした。

ほっとしたのもつかのま、最後にぽつり。 

「でもお母さんからおすそ分けしてもらった八ツ橋、美味しくいただきましたよ。それじゃね」

二週間以上前に放った八ツ橋。今になって忘却の彼方から、てくてくと再登場。しかも最悪のタイミングで。

もうね、見られなかったよね、先輩の顔。流し目でも無理。

だって職場にはお土産買ってなかったんだもの。京都旅行の話すらしてなかったんだもの。

そんときの部屋ん中の静けさときたら。め組が大活躍した翌日の焼け野原みたいな静けさ。

ひとりきりで火消ししてたときのほうが、まだ賑やかだったわ。

粋な事件、起こりそうだぜ
めッ!


近いうちに、きっと。

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