【リカさん(30) 】
  • いいね送ったあと、いちど足跡がついて、翌日(平日のお昼)マッチングさせてきた(たぶん年齢差とかいろいろ考えたのであろう)
  • 「職場で出会いがないため」最近登録
  • インドアだが根明(趣味:絵を描くこと)
  • 顔写真なし(仲良くなったら見せます)
  • そのかわり顔文字多し
初回:
理系院卒・リカさん(30) #1

前回:
理系院卒・リカさん(30) #6 電凸


デートの約束は15時で、今朝の目覚めは9時。


窓の外は曇天。


風呂に入り、ひげをそる。


それから、13時半くらいまでだらだらとネットサーフィンをして過ごした。緊張感はまるでなかった。今日のデートはデートであっても、厳密にはデートではなかったからだ。


「義理を果たしに行く」といったほうが近いかもしれない。


服を着替えて髪をワックスでセットし、車に乗り込んだ。


岡山中心市街地にさしかかると、雨粒がぽつぽつと、薄く埃のつもったフロントグラスを叩き出す。岡山駅西口近傍のコインパーキングについたころには、せっかくセットした髪を台無しにしかねないくらいの雨脚になっている。


駆け足で移動し、奉還町商店街のアーケードの下に潜り込む。向かうはONSAYA COFFEE 奉還町本店。あーさんと二回目のデート使用したカフェである。


店の前には長身の女性が立っていて、メニューの看板を食い入るように見つめていた。事前連絡があったとおり(「送った写真と同じコートを着ていこうと思います」)グレーのダッフルコート、リカさんで間違いない。


遠目からでも緊張しているのが伝わってきた。全身に力が入っていて、視線は看板に向けられているが、そのじつ何も見えていないような印象。


リカさんに近づくと、おいらは唐突に横から看板の前に顔を出し視線をさえぎった。


驚きで一瞬緊張が飛んだリカさんの顔に、ぎこちない微笑が浮かぶ。


挨拶を交わして、雨の話題を向けるが、返事の声はか細く、聞き取りにくい。


早く入店したほうが落ち着くだろうと思い、引き戸を開けてリカさんを通す。レジにて、おいらはホットコーヒー、リカさんはミックスジュースを注文。会計時、リカさんが財布を出して払おうとするのを制し、二階へ。


階段を上がってすぐの二人がけのテーブル席につく。リカさんはグレーのダッフルコートの下に、同じ色合いのタートルネック・セーターを着込んでいた。送ってもらった写真で着ていたのと同じセーターである。


緊張がふたたびリカさんを蝕みつつあった。声は一段と小さく、話し方はしどろもどろで、視線はずっと下に固定されている。


おいらの懸命な冗談とオーバーリアクション等により、だいぶ固さがほぐれてきた頃、飲み物が届く。


ホットコーヒーを飲むためにおいらがマスクを外すと、


「あ、やっぱり塩顔なんですね、写真の通り。恥ずかしくて直視できないです・・・」


リカさんはそう言いながら泳ぐ視線を手のひらで隠そうとする。


おいらは、こそばゆい気持ちにはならなかった。逆に心を痛めた。おいらに向けられた彼女の純粋で不器用な好意に、心を痛めたのだ。


「本当に41歳なのですか!?」と言われたときにも、同様に心を痛めた。


それから、いろいろな話をしたが、話題の中心はマッチングアプリだった。


リカさんが初めて会うアプリの男がおいらであること。


他の男の誘いは断ってきたこと。


断った理由は、誘うのが性急すぎたり、写真要求が性急すぎたこと。


アプリを始めたばかりの頃、性急と思いつつも写真要求に素直に応じたら即ブロックされたこと。


あまりアプリではうまくいっていないと言いつつも、他にいろいろな男とやりとりできていてそれなりに楽しそうなのを聞いて、おいらは安心した。


試しに、どういう基準で男にいいねをしているのか訊いてみたら、次のとおりだった。
  • 写真の印象
  • 年上(以前占いで、35歳、38歳、41歳の人がいいと言われた。それに年上の男性はおおらかでなんだか可愛く見える。自分の欠点も大目に見てくれそう)
  • 大卒
  • 自己紹介文がしっかり書いてある
  • 自分より背が高い

「どのくらいの身長があればいいの?」とおいら。


「自分より高ければ何センチでも」とリカさん。「私が165cmと高いので、少しでも自分より高ければいいです」


「166cmでも?」


「はい。並んで歩くとやっぱりお相手の身長が気になります。お相手も気を使うでしょうし。それにヒールも履けないですし・・・」


「ヒールを履くこともあるんですね」


「はい、今日も履いてます」リカさんはそう言うと、履いたまま靴を横向きにしてヒールを見せてくれた。5cmくらいはありそうである。やっぱり166cmじゃだめじゃんと思ったが、口にはしなかった。


その後、完全に緊張のほぐれたリカさんにスイーツでも食べないか訊いてみると、笑顔で「食べましょう!」。我々は一階に降りて、チーズケーキを注文した(おいらはコーヒーも)。


チーズケーキを、おいらは汚く食べ、リカさんは綺麗に食べた。おいらが食べ方の違いを面白おかしく指摘すると、リカさんは楽しそうに笑った。


そんな具合に時間は過ぎていった。


「まさゆきさん、今日何時までいられるのですか?」


「とくに何時までというのはないけれど。いま何時ですか?」


「もう5時半です」


「もうそんなに? じゃあ今日はそろそろお開きにしますか」


「はい。お母さんにも6時には帰ると言ってあるので」


岡山駅までリカさんを見送ることになった。


商店街のアーケードを抜けて、信号待ちをしているとき、おいらが「雨が少し降っているけれど、傘差さなくて大丈夫ですか?」と訊くと、


「あ、ほんとですね」と傘を開くリカさん。「まさゆきさんは大丈夫ですか?」


「僕は平気です」


「そういうわけにはいかないです」とリカさんはおいらに身体を寄せて、我々の頭上に傘を差し向けた。


腕がこつんこつん当たる。


「なんか急に距離が近くなってしまって、私どうしたらいいのか」、ドギマギしながらリカさんが言う。


「えーと、言っておきますけどね、狙ったわけじゃないです。自然の流れでこうなったのです」


「そ、そうですね」


信号が青に変わる。


横断歩道を渡って暫く歩いていると、リカさんがこちらをちらっとうかがう気配がした。


「まさゆきさんって背が高いのですね。初めて見た時はそうは感じなかったけれど」


おいらはまた、胸が痛んだ。


途中、あまりにも身体が密着しすぎ、リカさんの動揺が傘に伝わり安定せず、おいらの頭にぶつけてもいけないということで、傘を持つように頼まれた。


駅西口のエスカレータをのぼり、東西連絡通路を歩いていると、


「今日はほんとにあっという間でしたね」


「あっという間でした」


「ということは成功だったってことですね」


「そうですね」、おいらは間をあけないよう素早く答えた。


東口の階段を降りたところで、別れた。


「では、このへんで。今日はありがとうございました」


「ありがとうございました。楽しかったです」


「僕も楽しかったです。それではまた」


おいらは、駅前の雑踏の中を遠ざかるリカさんの背中を見つめた。おそらく、最後の背中。彼女は振り返らなかった。


5秒後、おいらは踵を返し、東西連絡通路への階段をのぼりはじめた。


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