高3の夏の進路面談中、わたしは、あさっての方向への路線変更をだしぬけに宣言して担任の顔から血の気を引かし、いきおいそのままに受験に突入。

(当人以外の人間の)予想通り、早稲田大学で広末涼子の彼氏になる計画も、日本大学芸術学部で映画監督をめざす計画も、追突実験の自動車さながらぶっつぶれた。


それから一年の浪人生活をへて、わたしは母と自転車で洋服の青山にむかっていた。立命館大学の入学式にきるスーツを買いに行こうとしていたのだ。


途中、「スーツ下取りで1万円キャッシュバックキャンペーン」に出す父の背広を家においてきたことを思い出して急ブレーキをふんだ母に追突実験するハプニングもはさみつつ(わたしの無計画な気質は母譲りらしい)、なんとか到着。


チラシで目をつけていた「メンズスーツ7点セットで3万円」的なのを選んで、採寸。


母がてつづきをしているあいだ、わたしは時間をつぶすため、当時店のまむかいにあったジャスコに行った。そこの書店で運命的な出会いをはたしたのが、村上春樹著『ノルウェイの森』である。


男子大学生「ワタナベ」を主人公とした恋愛小説なのであるが、これが来たるべきわたしの大学生活を方向づけることになる。もちろん、あさっての方向に。


このワタナベという男、いま思えばほんとにいけ好かない野郎なのだけれども、大学生のわたしにとって、「こうすればモテる」という揺るぎなき指針としてありつづけた。


とりたてて外見的な魅力はないけれど、本をよく読み、レコードをかけ、ときどき哲学的な繰り言なんかを口にしながら、「女の子なんてべつにいてもいなくてもかまわない。寝ても寝なくてもかまわない。もちろん女の子と寝るのはそれなりに素敵なことだけれど、僕にはどうだっていいことなんだ。僕とつきあいたければお好きにどうぞ。来るものはこばまないし、去るものは追わないよ」みたいなスタンスをとっていれば、吸い寄せられるように女の子が寄ってきて、それはもうほんと、とっかえひっかえなのである。


僕自身は知らない女の子と寝るのはそれほど好きではなかった。性欲を処理する方法としては気楽だったし、女の子と抱きあったり体をさわりあったりしていること自体は楽しかった。僕が嫌なのは朝の別れ際だった。目がさめるととなりに知らない女の子がぐうぐう寝ていて、部屋中に酒の匂いがして、ベッドも照明もカーテンも何もかもがラブ・ホテル特有のけばけばしいもので、僕の頭は二日酔いでぼんやりしている。やがて女の子が目を覚まして、もそもそと下着を探しまわる。そしてストッキングをはきながら「ねえ、昨夜ちゃんとアレつけてくれた? 私ばっちり危ない日だったんだから」と言う。

(中略)


僕は三回か四回そんな風に女の子と寝たあとで、永沢さん(注:ワタナベと同じ寮に寄宿している東大法学部の先輩。ワタナベは永沢のナンパに同行し、おこぼれをもらっている)に質問してみた。こんなことを七十回もつづけていて空しくならないのか、と。

「お前がこういうのを空しいと感じるなら、それはお前がまともな人間である証拠だし、それは喜ばしいことだ」と彼は言った。「知らない女と寝てまわっても得るものなんて何もない。疲れて、自分が嫌になるだけだ。そりゃ俺だって同じだよ」

「じゃあどうしてあんなに一所懸命やるんですか?」

「それを説明するのはむずかしいな。ほら、ドストエフスキーが賭博について書いたものがあったろう? あれと同じだよ。つまりさ、可能性がまわりに充ちているときに、それをやりすごして通りすぎるというのは大変にむずかしいことなんだ。それ、わかるか?」

「なんとなく」と僕は言った。

「日が暮れる、女の子が町に出てきてそのへんをうろうろして酒を飲んだりしている。彼女たちは何かを求めていて、俺はその何かを彼女たちに与えることができるんだ。それは本当に簡単なことなんだよ。水道の蛇口をひねって水を飲むのと同じくらい簡単なことなんだ。そんなのアッという間に落とせるし、向こうだってそれを待ってるのさ。それが可能性というものだよ。そういう可能性が目の前に転がっていて、それをみすみすやりすごせるか? 自分に能力があって、その能力を発揮できる場があって、お前は黙って通りすぎるかい?」

村上春樹『ノルウェイの森』より引用


「僕にはよくわかりませんね」と言いつつ、とっかえひっかえ知らない女の子と寝まくる生活をつづけながら、ワタナベはふたりの女性と交際する。


ひとりは高校時代の友人キズキの元彼女・直子。キズキの自殺をきっかけに疎遠になっていたが、それから一年後、中央線でばったり再会。いっしょに四ツ谷駅で降りて長い散歩をしたあと、直子からなぜか「私たちまた会えるかしら?」とお誘いがあり、そのまま交際へ。労せずひとり目ゲット。


もうひとりは、同じ大学に通う「小林緑」。大学近くのレストランでオムレツを食べているときに「ワタナベ君、でしょ?」と声をかけられる。「ちょっと座ってもいいかしら? それとも誰かくるの、ここ?」。髪がベリーショートになっていたのでさいしょは気がつかなかったが、演劇史Ⅱの講義で見かけたことのある女の子だった。講義ノートを貸したところ、なぜか「よかったら一度うちに遊びに来ない?」となり、交際へ。労せずふたり目ゲット。


死の影ただよう直子と、生命力みなぎる緑。対称的なふたりのあいだで揺れ動くワタナベ。はたして、どうなる?


ひるがえって、わたくしごとであるが、ドストエフスキーやフィッツジェラルドを読み漁り、ビル・エヴァンスを聴き、たまに哲学的な警句を発したりしたが、女の子なんてひとりとして寄ってきやしなかった。碌々(ろくろく)として過ぎ去る日々。爛(ただ)れた夜どころか、きよしこの夜、きよしその夜、きよしあの夜であった。


なぜなのかわからず、森の中を彷徨い続けているうちに大学を卒業。


今なお、森の出口は見つかっていない。


ノルウェイの森はどこまでも深く入り組み、彷徨う者に夢を醸しつづけるのだ。


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