もしも村上春樹がマッチングアプリを始めたら01


昔々、といってもせいぜい二十日ぐらい前のことだけれど、僕はあるマッチングアプリをはじめようとしていた。理由は忘れたが、忘れる程度の理由だった。


僕は三九で、来年に厄年を控えていた。


マッチングアプリのことなんて何ひとつ知らなかったし、出会い系を使うのも初めてだったので、知り合いの女の子が心配してペアーズというアプリをみつけてきてくれた。


右手の人差し指のないその女の子は、とても器用に中指をあやつってペアーズの使い方を教えてくれた。



彼女は教えながら、ときどき僕の腕に体を寄せた。白のニットセーターの布地をとおして、僕は彼女の息づかいをかすかに感じることができた。


彼女の乳房は見れば見るほど異常に大きいように思えはじめた。きっとゴールデンゲート橋のワイヤ・ロープのようなブラジャーを使っているのだろう。


彼女は僕の視線をたどり、それから僕の下半身に目をうつした。


「勃○しているかということなら、してるよ、もちろん」と僕は言った。


「ねえ、そのもちろんっていうのやめてくれる?」


「いいよ、やめる」


「そういうのってつらい?」


「考えようによってはね」


「出してあげようか?」


「ねえ、君はわかっていない」


「じゃあやめた」


「ねえ」


「なあに?」


「やってほしい」


「いいわよ」


「その、中指だけを使って」


その余計なひとことで、僕のスマート・フォンは致命的に損なわれてしまったのだ。


やれやれ。