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もし寿命があと半年だったら生活を変える?変えない?

っつーベタな質問がありますよな。


変えるっていう人は不本意な生き方をしていることになり、変えないっていう人は満足な生き方をしていることになる。

この質問に対するおいらの答えはお察し。



「ぜひとも変えたいです!!!」



じゃあ不本意な生き方をしているおいらにとって、”本意な生き方”ってなんだろう?

おいらの脳内スーパーコンピュータがはじき出した答えはこうだ。

・若くて美人な彼女がいる
・お金をたくさんもっている
・自由な時間がたくさんある

・・・ポンコツにもほどがある。

この3つは、生き方の”結果”として得られるものであり、生き方そのものやないで!

ポンコツコンピュータよ、もういちど訊く。おいらにとって本意な生き方ってなんぞ?

・・・

・・・

・・・

じ・・・

じぶんで・・・

・・・

・・・

じぶんでえらんだいきかた

・・・

・・・(プシュー)

うは! こやつシステムダウンしよったで!

まあええわ。すこし休んどき。

ふむふむ。「自分で選んだ生き方」ね。

なんかふわーっとしててわからんけども、とりあえず「自分で選ぶ」ってことがキモみたいだの。

裏を返せば、おいらは今まで自分で選んでこなかったということですな。

確かになりゆき任せの人生で、そこに「これにしよう!」っていうおいらの意志みたいなものはほとんどなかった。

これまでの人生、おいらにもいろいろ選択肢はあったはずだ。たぶん。

でも目先の楽さに流されてただけで、何かを選んだという実感がまるでない。

可愛い彼女がいてお金にも困らないで自由に生きていけたらなあとは思ってたけども、そこにいたるまでの道筋(ルート)なんてぜんぜん考えてこなかった。

ルートを決めるにはいくつかの選択が必要だ。ここはこういったほうが近道になるなとか、あっちの道は遠回りになるけど楽に歩けるなとか、左の道は険しいけれど面白そうだとか、ポイントポイントで判断していくのである。

そういう判断を、今までおいらは棚上げにしてきた。

「ルートっていったって、じっさいの地図みたいに目的地につながってないかもしれないじゃないか。いや、つながってないことのほうが多いんじゃね? だったらずっとここにいても同じじゃね?」ってな感じで。

で、”ずっとここにいた”結果、人生から腐臭が漂いだしたのである。

同じとこにとどまれば同じままでいられるってことはない。人間、歳をとるからの。身体も思考も感性も低下する。経験値が若い頃のままで、ほかのすべてのパラメータが下がってるのだとしたら、歳をとった意味がまるでないのである。

それなら選んだほうがマシじゃね?ってことにならないかしら?

選ぶのって確かにめんどくさいしエネルギーも使うけれど、選ばないことには人生が好転することは、まずない。

もちろん選んだことで人生が悪くなることもけれど、そうなっても自分で選んだことだから仕方ないじゃん?って思えるし、またあらたに選び直せばいいだけのことなのだ。

そういう選び直しというか試行錯誤を繰り返した先に、美女やお金や自由な時間が待っている・・・かもしれない。待っていないかもしれない。

でも可能性を生み出そうと思うならば選ぶしかないんだから、選ばなきゃならないのだ。「選ぶ」しか選べないのだ。

そういうものだ。

と、遅まきながら気づいたおいらですた。


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